怪物の感想文の感想文

映画「怪物」の感想文の感想文と、この作品の好きなところを書き綴る回。

※ネタバレを気にせずに書いているので未観の方はご注意を。

 

 

この映画の考察的な感想文は別のブログで書いたので、ここでは日記を綴る心持ちで作品の好きなところを書き出していこうと思う。

 

まずはキャストの素晴らしさについて。

 

私の中に最も濃い印象を残している映像は、湊の動揺だ。

湊役の黒川想矢さんの演技には痺れた。
彼の演技の中で一番凄みがあったのが、湊が動揺を露出する場面。
病院帰りの薄暗い道での母とのやりとりや、図工の授業で依里と雑巾を取り合うシーンなどで、湊の中に蟠るうまく解決や発散することができない苦しみが素晴らしく表現されている。

病院からの帰り道のシーンでは、それまでは怖いくらいに落ち着いているというか、ぼうっとしているように見えた湊が、母に耳(と髪)を触られそうになった瞬間、何かがプツっと弾けたように母から逃げ、手に持っていたペットボトルを道に投げつける。私のいた劇場において、このシーンでポップコーンを口に運んだ人は0だったんじゃないか。湊が急に感情を露わにしたときの緊迫感は劇場内に伝播して、あたかもスクリーンの内と外の空間が繋がってしまったかのように、皆息を殺してこの親子を見守っていた。

図工の授業で起きた喧嘩のシーンはCMでも使われている有名なカットだ。
あの時の湊と依里の表情は、観客の心を切なさでちぎってしまいそうなほど、こちらにアピールするものがあった。美しいという言葉がここにはまらないのなら、芸術的だと言うほかない。あらゆる方向に引っ張られ、繊細微妙なバランスでそこに張り詰めている湊の精神がスクリーンの中に見えた。

 

依里役の柊木陽太さんも、正に依里そのものになっていて素晴らしかった。
これは黒川さんにも言えることだけど、役を演じているというより、そのものになって映画の中で生きている感じ。

星川家のインテリアや服のテイストのことを何と呼ぶのか知らないのだけど(ナチュラル系?北欧風?)、お洒落なオーバーオールスタイルもよく似合っていた。キャラクターのように可愛らしい姿で身軽に跳ね遊ぶ依里の姿に、彼を取り巻く問題の暗い暗い影は見受けられない。辛いことがあっても抵抗しない、感覚をオフにしてやり過ごすだけ。そんな諦観と無抵抗さが、依里の軸が定まらない歩き方にまで表れているようだった。

 

 

私はドラマ「ゆとりですがなにか」から安藤サクラさんのファンである。

「ゆとり」での彼女のセリフ「今!肉の焼き加減以上に大事なことって何!?※」と彼氏にキレるシーンは一生忘れないと思う。あの愛らしさとしっかりさを兼ね備えたチャーミングなキャラクターは唯一無二。
※セリフが一言一句正しいという自信はない。なんとなくこんな感じのことを言ってたと思います

ここで言及するので大きな記憶違いの無いようにと念のため「ゆとり」をネット検索したら、図らずもこの作品が今秋映画化されることを知って今アガっている。嬉しい。もう予定表に入れておく。

「ゆとり」はさておき。サクラさんは今作においても言うまでもなく素敵なキャラクターを作られていて、湊母には抜群の安定感があった。
サクラさんと湊のやり取りが本物の親子みたいだったのが印象に残っている。特にベランダから火事の様子を見る場面で、湊が柵から身を乗り出すのを制しているところ。ちょっとやんちゃな男の子を持つ母親によくある、少しだけ乱暴な息子の扱い方に既視感を覚えた。多分うちの近所の男兄弟ママに似てるんだな。
サクラさんは映画祭や舞台挨拶、宣伝用動画の中でも黒川さんと親子のように楽しそうにおしゃべりしていて、「本物の親子みたい」という感想が裏付けされたというか、演技上だけじゃなくて本当に仲良しなんだなあと微笑ましく思った。映画作りのためのコミュニケーションというのもあるのだろうけど、サクラさんの子どもたちへの応対にはそれだけじゃない愛情が込められているような感じがした。素晴らしい役者さんは、役の外でも映画を作っているのだなあ。

 

「言うまでもなく」の枕詞付きになってしまうようなことばかりだが、瑛太さんの保利先生も最高だった。
感想文では物語上の人物である保利先生についてしか書かなかったが、ここでは俳優瑛太さんから受けた感動について語る。

息も瞬きも忘れてしまうようなシーンがあった。
それは学校を追い出された保利先生が突然戻ってきて、湊に「俺君に悪いことした?してないよね?」と詰め寄る場面である。これは怖かった。私も湊と一緒になってビビっていた。湊が肯いた後の笑顔も、保利先生にとっては純粋な安堵なのだろうが、湊からしたらジョーカーの笑顔である。この後の展開に強い説得力を持たせるワンシーンだった。

今挙げたような先生人生転落後の姿も印象深いのだが、その前の先生としての保利や、彼女とのやりとりも好きだ。彼女役の高畑充希さんも素敵だった。あのギャル感と、保利先生の人柄にはあまり興味の無さそうな感じが、保利先生の性格と全然マッチしていなくてコミカルだった。

 

田中裕子さんの魅力はそれこそ書くまでもないでしょう、至る所で賞賛されているので。
湊母の怒りを買い壁ドン的なことをされるシーンの、ぽかんとした表情は絶妙だった。校長室には、話をする気が無い人間の無敵感がそこはかとなく漂っていた。

 

 

そして、音楽。

「こういう構成やコード進行によって、作者のこんな想いが表されている」みたいな専門的なことは分からないので感じたことしか書けないのだが、どうしてもこの感動は書き残しておきたい。ちなみに、曲に込められている想いについては音楽ニュースサイトや音楽ブログで解説されていたので、私と同じく坂本龍一氏の音楽に感動した方は是非検索してみてください。

まずは映画の最後のシーンやCMでも流れる曲「aqua」。これを映画館の巨大なスクリーンに映る美しい映像と共に立派なサラウンドスピーカーで聴けたのは本当に運がよかった。この時代に生きていることへの恩恵だ。どこかの記事で「この曲からは生命のみずみずしい喜びが感じられる」というようなことが書いてあって、まさにその通りだと思った。画面から溢れんばかりの光と生命の喜びをエンハンスする音楽。

怪物のサウンドトラックの中にある「hibari」も私のお気に入りだ。天気のいい日に小鳥が跳ね飛ぶような、さえずるような曲。映画を観てからしばらくたった今聴いても、ふたりの子どもが遊びまわる姿が想起させられる。

 

 

 

小説を読んで文章から登場人物の表情や仕草といった表象を想像するのも好きだけど、映画を観て人間の表情や仕草から感情などの心象を読み取るのも面白い。こういった、映画だからこその面白さを存分に味わわせてくれる作品だと感じられたのは、素晴らしいキャスティングと演出のお陰なのだろう。

この前星野源さんがラジオで話していた「自分に影響を与えたベストオブベストの作品たち」について私が語るとすれば、間違いなくこの作品を挙げる。他にはどんな作品の名前を出すかな。
今度「マイベスト映像」や「マイベスト音楽」を題に、好きな作品の洗い出しをしようと思う。