映画館で稀に遭遇する不運

先日私は大きな選択ミスをした。

あの日は会社帰りにとある映画の完成試写会に行くつもりだった。
なぜだか私は絶対にその試写会に行く確信があった。それくらいこの作品を楽しみにしていたし、原作が大好きだったから。自分のファン度はピカイチだからいける大丈夫と盲信していた。しかしチケットの抽選に落ち、落ちたことを受け容れられず、頭は真っ白、心はスカスカになった。
そんな過度な絶望が招いた更なる不運についてのお話。

 

試写会の代替として思いついたのが、とあるアニメ映画を鑑賞することだった。

そのアニメと特に縁があるわけではないのだが、とにかく何か別の映画で心の穴を埋めなければダメだった。

この日は曇天、夏休みをとっている人が多いのか朝の電車は空いていた。そんな日に19:30スタートの映画を見に行く人はそう多くはないだろうと踏んだ。
18:00きっかりに仕事を終え、ネットで席の余裕が充分あることを確認し、これから冒険に出るようなすがすがしい気分でオフィスを出た。映画館に向かう道を歩いているときがこの日一番元気でポジティブだった。

 

 

映画館に入ると、私が落ちた試写会のチケットをまるで見せびらかすように持った人々がキャッキャとポスターの写真を撮っていて少々うぜえと思った。妬む心、いけない心。
そもそも落ちた試写会の会場と同じ場所にわざわざ映画を観に行く私が馬鹿なのだ。

 

シアターに入り自席に着くと、左隣4席は青いユニフォームのサッカー少年たち。真隣の少年が水筒を開けるたびに濃いスポーツドリンクの匂いがした。規定以上の量の粉が溶かしてあるに違いない。この少年たちが上映中お喋りすることを少し懸念したが、全くの杞憂だった。きわめて行儀のよい少年たちだった。

しかし私の右隣。この人が見かけによらず大戦犯だった。

見た目は30代くらいの普通の男性。上映前からスマホをいじっていた。ライトが落ちてもまだ手に握ったままで、時々操作するので私の視界の端でスマホ画面の明かりがちらちらしたが、それくらいはまあ気にすることはない。
本編が始まると、長かった予告のストレスで苛々しているのか、彼は頭を椅子に数回ぶつけた。振動がこちらにくる。何が気に入らないのか分からないが気まぐれなため息をつく。「ハア~~」という声が耳の届く。始終もぞもぞと動き、その度に私の視界も揺れる。
私側の肘置きをおもいっきり使われるのも困った。私の席の番号が書いてある方は私が使いたい。
また、話が盛り上がるたびに何かむにょむにょ喋る。興奮すると思ったことが口から出てしまうタイプらしい。逆にストーリーが停滞気味になると、彼は退屈するのかまた頭を椅子にぶつけ、もぞもぞする。

うーん、隣が気になって映画の内容が全然入ってこない。

そして一番衝撃的だったのが、映画のクライマックスで通知音ONの状態でLINEを使い始めたことだ。私は映画に集中したいのに、隣から「ラーイン」「ラーイン」と聞こえてくるわ、スマホ画面の明かりが視界から消えないわで、私のストレス指数は最高レベルに到達した。

 

様々なフェスに落ち、お笑いライブに落ち、映画の試写会にも落ちたこの夏、神は私に変な隣人を与えたもうた。

この日は仕事が終わったら余計なことをせずに真直ぐ帰ったらよかったのかもしれない。ちくしょう。

 

ほかにも1分おきに鼻をすする人(鼻の中にはもう何も入っていないはずなのに虚空をすすり続けていて謎)、クライマックスの厳かなシーンでいびきをかく大きな人、飲み物をカシガシかき混ぜる人、ポップコーンをムシャムシャ食べゴジラみたいなげっぷをする人・・・たくさんの困った人と尻を隣り合わせてきた。映画を大きなスクリーン・良質な音響で、さらに不動無音で観たいというのは欲張りだろうか。

こんな殺伐とした脳を緩和してくれるのは、大きな音が鳴るシーンに合わせてポップコーンを口に運び、押しつぶすように丁寧に噛む人。映画終わりに「めっちゃよかったなー!」と元気よく言う人。素敵。

 

 

この話を映画好きの友人にしたところ、「私は平面タイプの小さな映画館に行ったとき、前に座った人のアフロヘア―で画面が半分以上隠されたまま2時間強過ごした」という強力なエピソードを落ち込む私にプレゼントしてくれたので、気が紛れて今は元気です。