尾道、千光寺参り

まだ宿のチェックインまで時間に余裕があったので、千光寺にお参りしに行くことにした。

 

ロープウェイに乗って山頂までひとっとび。
曇りとはいえ恐ろしい湿度と熱気の中、尾道のアップダウンの激しい道を既に一万歩以上は歩いた後だったので、ワゴンの中の椅子に座って茫然自失していた。ロープウェイには私たちのほかに母娘と、外国人親子が乗った。静かな室内。終着点が近づくと、崖に埋まるように鎮座する赤い神社仏閣の姿が見えた。なるほど神秘的、と思った。

 

千光寺の山頂に到着したら、まずは新しくできた展望台に上る。
展望台とはいっても、東京タワーのように目の回る階段を昇っていくのでも、スカイツリーのようにスーパースピードで天に向かうエレベーターに乗って行くわけでもなく、新体操のリボンのような形になっている緩やかなスロープの上を展望デッキに向かって歩いて行く。風が気持ちのいい散歩道だった。
この日は雨は降らなかったものの分厚い雲が空を覆っていたので、残念ながら景色には恵まれなかった。元来私は夜景や遠くから見る町の風景に感動する性質ではないので、その上曇りとなると、どこぞの大佐のような感想しか出てこない。

こういう「ザ・観光スポット」で写真を撮りたがるツレに、文句は口に出さず、表情筋の巧みな操作によって私の本意を表しながらも、ちゃんと写真を撮ってあげた。こんな薄暗い中撮っても盛れるわけがない。粗が強調されるだけだ。写真なんかにしない方がみんな幸せだったと思わされる世にもおぞましいモノが出来上がり、それを正直に告げると大層立腹された。私はそれなりに写真の腕があるので、悪く映るのならそれは完全にモデルの責である。

 

展望台のある頂点から少し下ったところにある尾道美術館は小説「夜行」にも登場するので是非とも行きたいと朝までは思っていたのだが、この暑さと体力&気力の低下により全く美術館の気分ではなくなっていた。ツレとの無言の同意により美術館はスルーして、千光寺に向かった。道中、叩くと音鳴る面白岩を見つけたのでその巨大な岩の上でへたり込み、岩をポコポコ叩いてちゃんと観光しているように見せかけながらまったり休憩した。

 

千光寺では文字の浮き出る線香を奉納し、お参りをした。

ツレがトイレに行っている間、敷地の奥にある「恋人の聖地」みたいな名前が付けられているハート塗れのスポットにそれと知らず単身乗り込み、私の後ろには逞しそうな女子大生4人組もついた状態で、そこで寛ぐカップルに水を差すというプチやらかしをしてしまった。いや、公共の(境内なので正確には公共ではないのかもしれないが)場所に「恋人の~」なんてキャッチコピーをつけて、それ以外の人間に対して排斥されているような思いを抱かせるその施策が私のやらかしの根源では…?などと、直感的に湧き出た罪悪感を他人のせいにする思考が一瞬のうちに巡った。

 

 

チェックイン時間が迫っていたので、徒歩で山を下りる。

いったん駅に戻って荷物を取り出し、駅前のお土産屋さんで焼き立て檸檬ケーキと冷たいレモネードを買って宿に向かった。
今回のお宿は、山の斜面に建つ一棟貸し切りの古民家。そこにたどり着くまでの道の傾斜度合いが尋常じゃなかったことが、今となってはいい思い出。一段の高さがお尻キラーな階段を備えるこの道程はまるでロッククライミング。数日分の荷物を持ってあの坂を上るのはしんどかった。冷房の効いた宿に入ってもしばらくは汗が引かなかった。

 

お風呂に入ってさっぱりした後、チーズのり天とビールを片手に呪術廻戦をリアタイする。良い夜。

夜中、呪術廻戦の興奮が冷めなかったのと体内時計の狂いはそう簡単に治らないのとで全然眠れなかった。時計を見たら自分が何時間無駄にしたかを知って嘆いてしまい、余計に眠れなくなるので、ひたすら目を閉じて耐えた。音楽やラジオを聴いたりしたけど眠くならない。

なぜだか徐々に恐怖が強まってくる。ここに着いたときにも風呂に入ってるときも、微塵も怖いと思わなかったのに。
壁が薄いので隣の民家の話し声が聞こえたり、どこからか女の子の笑い声が聞こえたり、足音がすぐ窓の外から聞こえてくるような気がしたり。何より気になったのは畳。寝室は8畳ほどの広さなのだが、そのうちのベランダ側の畳二枚は比較的新しく、そのほかは均一に黒ずんでいるようだ。新しく見える二枚は一部黒ずんでいるのだが、黒ずみの位置が合わない。つまり畳が一度剥がされ、向きを変えられているのだ。畳の表裏をひっくり返して綺麗な面を表に出すのはわかるが、上下を変える必要性が分からない。私が正に今寝ころがっている位置で、何かが起きたのだろうか。中途半端なホラー好きが災いして、事故物件住みます芸人の動画などで得た色々な情報が頭の中を巡る。すると目も耳も冴えてくる。

…気づいたら朝だったが、きっと4時間ほどしか眠れていない。