刺しそうな虫

時間通り宿に到着した。やっと重い荷物を肩から降ろせる。

 

長期休みの時期になると国内外からの観光客であふれかえるこの地域も、今はまだ人が少ない。宿のドアを開けても、人の気配がしない。広い玄関にはサンダルが3足あるだけだった。

 

しばらくすると宿のおじさんが出てきて、部屋に案内してくれた。

襖を開けると、良い感じに布団を敷けば6人は寝られるくらいの広~い部屋。繁忙期外ならではの贅沢。

おじさんに挨拶した後部屋の中に入ると、ブンブン音がする。お尻から長い針を突き出した、いかにも毒虫らしい、黄色い虫がエアコンの周りを飛んでいる。他からもブンブン音がする。この部屋には何匹の先客がいるのだろう。

刺さない虫は最悪共存できる。でも刺すやつにはご退場頂かなければならない。タオルで追い回して、なんとか部屋から出した。夕食前のひと運動。

 

夕飯後、耳をすませばを観た。神社の境内で主人公と野球部の男の子が話しているシーンが一番好き。そして驚いたことに、前日見かけた女優さんが主人公のお母さん役として出ていた。

 

 

6:30起床。

廊下に出ると、突き当たりのベランダからここの奥さんが笑顔で朝ご飯どうぞと言ってくれた。ベランダのドアは開け放されていて、向こうの山まで見通せる。廊下はおばあちゃんちの匂い?線香のような香りがほんのりする。

この日初めて歩いて、ふくらはぎの激痛にびっくりした。昨日あの巨大な荷物を抱えた上に、自分の基礎体力を無視したプチ登山・岩場渡りを決行してしまった代償だ。

 

食堂は仏間のある和室。おばあちゃんちでだらっと過ごすような気持ちで、脚を前に放り投げて座る。

テレビをぼうっと見ながら朝ご飯をお腹いっぱい食べる。昨日よく歩いたから、体の回復のために私はたくさん食べないといけない。たとえおなかが「もう入らない」と呻いても。

 

廊下に出て部屋に戻るとき、廊下の奥に山の緑と洗濯物が見えた。坂に立つこの町から、山を望む生活。ここでの暮らしは素敵に違いない。

 

部屋に戻ると、謎の憂鬱が立ち込めた。これまでのアレコレやこれからのアレコレが脳内にもくもくと積乱雲をつくる。悪いところを残して楽しい思い出が全部頭の中から流れ出してしまって、濾された苦味に頭を抱える。

 

カーテンを開けて外を見ると、曇天。